人生は、人との出会いでできている――恩師・押田茂實先生の『人脈と赤い糸』
人生は、人との出会いでできている――恩師・押田茂實先生の『人脈と赤い糸』
押田茂實先生は、私の恩師です。
日本大学法科大学院で、私は押田先生に法医学を教わりました。
まさか、その先生の本を、何年も経って自分の出版社から出すことになるとは思ってもいませんでした。
人生というのは、本当に不思議です。
今回の本のタイトルは、『人脈と赤い糸』です。
原稿を読んでいると、このタイトルそのものが押田先生の人生なのだと思えてきます。
押田先生は、日本大学医学部名誉教授。法医学者として50年にわたり現場の第一線に立ち、足利事件、袴田事件、東電女性社員殺人事件など、数々の事件の法医鑑定、DNA型鑑定などに関わってきた人です。
これだけ聞けば、「法医学の偉い先生」ということになります。
もちろん、そうなのですが、私から見ると、それだけではない。
押田先生は、実に面白い人です。
◆法医学者になるはずではなかった
押田先生の人生を読んでいて面白いのは、最初から法医学者を目指して一直線に歩いてきたわけではないことです。
東北大学医学部へ進学しながら、大学時代には奇術研究会に入り、東北地方でプロマジシャンとして活動していた。
NHKや東北放送にも出演していたというのです。
医学部生でありながら、プロマジシャン。
これだけでも、普通ではありません。
そして、卒業後の自主研修中、後輩から「今度来た法医学の教授の講義が面白い」と聞いた。
試しに講義を見に行く。
そこで赤石英教授と出会います。
講義が終わると、その後を追いかけ、
「入局させてください」と頼んだ。
それが、法医学者・押田茂實の始まりでした。
もし、そのとき後輩と話していなかったら。
もし、その講義を見に行かなかったら。
押田先生自身も、今の法医学の世界は開けなかったと書いています。
人生を変える出会いというのは、案外そんなものなのかもしれません。
◆法医学者として貫いてきたもの
ただし、偶然の出会いだけで、50年以上も法医学の第一線に立てるわけではありません。
押田先生が恩師から叩き込まれたものがあります。
「科学的実証主義」です。
目の前に見えているものだけで、簡単に結論を出さない。
資料を確認する。
実物を見る。
事実を積み上げる。
そして、自分で確かめる。
その姿勢は、数々の再鑑定にもつながっていきました。
足利事件。
袴田事件。
東電女性会社員殺人事件。
布川事件。
飯塚事件。
原稿には、押田先生が関わってきた事件が並んでいます。
私は押田先生の教え子として、この姿勢には大きな影響を受けています。
◆でも、この本の主役は「事件」だけではない
これまでの押田先生の本なら、法医学や事件が中心でした。
しかし、『人脈と赤い糸』は少し違います。
一人の人間としての押田茂實先生が見えてきます。
小中学校の同級生。
高校、大学の仲間。
マジックで知り合った人たち。
恩師。
医師。
法医学者。
弁護士。
教え子。
再審事件を通して知り合った人たち。
数え切れないほどの人が登場します。
押田先生自身も、この本を書きながら、これまでどれだけ多くの人に出会い、世話になってきたのかを改めて実感したと書いています。
だから、「人脈」なのです。
人脈というと、仕事のために人とつながることのように聞こえることがあります。
でも、この本を読んでいると、そんな意味ではないことが分かります。
一つの出会いが、次の出会いにつながる。
その人との関係が何十年も続く。
そして、あるとき思いもよらないところで、昔の縁がもう一度つながる。
押田先生の人生には、それが何度も出てきます。
◆そして、もう一本の「赤い糸」
この本には、もう一つ大切な物語があります。
奥様の翠さんです。
二人は東北大学医学部の同級生でした。
しかし、最初から親しかったわけではありません。
押田先生が医学部学生会の委員長に選ばれたとき、書記長になったのが瀬上翠さんでした。
それまで、ほとんど話したこともなかった二人です。
そこから二人の人生がつながっていく。
翠さんは、その後、女性として初の整形外科医となりました。
そして二人は、約50年を夫婦として歩みます。
2023年7月、翠さんは81歳で亡くなりました。
押田先生は、最後の1年半、食事を含めて身の回りの世話をできたことへの感謝を原稿に残しています。
私は、この部分を読んで、
「ああ、だから『赤い糸』なんだ」
と思いました。
◆今度は、教え子が先生の本をつくる
そして考えてみれば、私と押田先生の関係も、この本に書かれている「人脈」の一つなのかもしれません。
私は、日本大学法科大学院で押田先生に教わった学生でした。
その私が出版社をつくった。
そして、押田先生の『改訂新版 死体からのメッセージ』を出版し、『最終講義Ⅰ~Ⅳ』を出版した。
そして今回、『人脈と赤い糸』を出版する。
先生と教え子だった関係が、何年も経って、
著者と出版社という関係になった。
これも、当時はまったく想像していませんでした。
押田先生自身も、本書の「はじめに」で、私を「日本大学法科大学院時代の教え子」として書いてくれています。
考えてみれば、不思議な縁です。
◆人生は、予定通りにはいかない
押田先生は、本書の最後に、自分の人生を振り返っています。
受験勉強もしないまま東北大学医学部に合格した。
マジックに出会った。
赤石教授に出会った。
予想もしなかった法医学者になった。
再審無罪事件に関わった。
そして、一度も話したことのなかった翠さんと学生自治会で一緒になり、結婚した。
押田先生は、20代のころには将来がこれほど変遷するとは予想できなかった、と振り返っています。
私は、それがこの本の一番面白いところだと思っています。
人生は、計画だけでできているわけではない。
あの人と出会ったから。
あの人に声をかけられたから。
たまたま、そこに行ったから。
その一つひとつが、あとになって一本の線になる。
その線を押田先生は、「人脈と赤い糸」と呼んだのではないでしょうか。
法医学者・押田茂實の本でありながら、
私はこれは、一人の人間の80年以上にわたる「出会いの記録」だと思っています。
そして、その中には私との一本の糸もある。
教え子として、そして今は出版社として、
この本を世に出せることを、私はうれしく思っています。
人脈と赤い糸
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