◆自己革新~心の癖をクリアする
◆自己革新~心の癖をクリアする
自己革新と自己啓発は意味が違う。
自己革新は、1,視点が上がる、2、心の癖をクリアする の2点だそうだ。
前期、「会長をやって、釣部会長、自己革新しましたよね」と何人かに言っていただいたが、全く自覚がなかった。
中には「会長が自己革新すると、会がうまくいくんだね」など言われ、心の中で失礼なこというんだなと思ったこともあった。
9月12日、豊島での、「倫理法人会に入会して10年、何を思ってきて、今何を思うか?」のテーマで講話が入ったので、何を話そうか、8月から考えていたが、今回は話したいことが全くなかった。
こんなこと話してもつまらない、こんなこと聞いていてもみんなもつらないだろうな?などという思いが出てくる。
それで、結局3回レジュメを直したが、やっぱりしっくりこない。
最後はレジュメなしでいこうと思ってあきらめた、出たとこ勝負で行こうかと思った。
でも、他県からも、他会からも私の話を聞きたいという方もいるし、54分の1を任されたわけだから…、などと思った。
最終的に、やっぱりレジュメを作ろうと、前半は、倫理体験、後半は、原寸代でこの1年を振り返ろう!と決めた。
その中で、みんなが自己革新したよねというのだから、自己革新したとしたら、何なんだろう?と視点を変えてみた。
そこで出てきたのが、2、心の癖をクリアする であった。
その1
会長が終わって気が付いたのだが、私には認識はなかったが独特な思い方があった。
それは、大学時代に歌い歌われた、筑波大学宣揚歌「桐の葉」である。
歌詞は以下のとおりである。
一、桐の葉は 木に朽ちんより
秋来なば 先駆散らん
名のみなる 廃墟をすてて
醒めて起て 男の子ぞ我等
二、日の本の 教の庭に
いと高き 学舎ありと
人も知る 茗渓の水
よし涸れよ 濁さんよりは
これが記憶ではなく、細胞に刻まれているのだと思った。
秋が来たら、とっと枯れてしまえ
名前だけだったら、捨ててしまえ、
濁すくらいなら、枯れてしまえ
このような価値観である。
だから、
ズルしてまで、豊島区倫理を残したくない。
正々堂々と条件をクリアする。
豊島38年の歴史を残したい。
だめなら、とっと自らつぶしてしまおう。
こんな思い方に、ほぼ自動的につながっている。
こんな思いを内に秘め、ときに会員に話をしていた。
なので、それを圧をかけるな!と言われたり、わかるよ!と言われたり。
その2
正しさより楽しさとよく言われた。
別に、「正しくなくていい」と言ってはいない。
単に、正しいと楽しいを比較して、優先順位を言っているだけなのだが、私はこれを聞くと、正しくなくても楽しければいいのか?に自動変換される。
歯向かうことはしないが、「楽しいって何ですか?」と訊いていた。
この思い方がどこから来るのか?
冤罪被害体験だと思った。
別に悪いことも法律違反もしていないのに、国家権力やマスコミは狙った相手をつぶしに来る。家庭崩壊、社会的地位はなくなり、友人親戚とは疎遠どころかは、大変な関係になる。
体験してみればわかる
これにはだれでもあっても勝てない。
何とか、社会復帰し、親との関係を回復した私だが、おそらく20年くらい前に誓ったのだと思う。
どうせ、勝てないのなら、ぜめて、誠実に正しく生きよう!
そうすれば、つぶされたとしても、社会は何と言おうと、
自分一人自分の心の中で、「俺は正しく生きていたぞ」と納得できるのである。
自分一人は、自分の心を守って死んでいけるのである。
そう誓ったのだと思った。
だから、比較の話が、正しいか正しくないかに自動変換されてしまうのである。
この2つの思い方を認識していたわけではなく、豊島の存続をかけて会を運営するとき、こういう思い方では、うまく運営できなかったのである。
結果として、何も考えず、自分の信ずる道で、豊島の存続のために何でもできることをするとなったとき、上記2つの心を癖を使うことがなかったというか、できなかったのである。
そして、数か月後、豊島の存続が決まった。
みんなからは、熱いの変わらないが、穏やかになった、圧を感じなくなったと言われ、豊島が一丸となった。
当時は認識はなかったが、自己革新したとしたら、自分の心の癖を無視するしなかったことではないだろうか?
上記2つの心の癖を認識を認識した今、認識さえすれば、その癖を使うか使わないかの選択が生まれる。
今のところ、これが、もしかしたら、私の自己革新ではないだろうか?と思っている。
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