人を責めずに、筋は通す
◆人を責めずに、筋は通す
結局、いろいろあって最近考えているのは、ここです。
相手を責めたいわけではありません。
知らないことがあれば説明すればいい。
勘違いがあれば訂正すればいい。
こちらが間違っていれば、謝ればいい。
でも、何でもこちらが悪い、ということでもない。
こちらが間違っていないことまで謝る必要はないし、相手が確認すべきことまで、こちらが調べる必要もない。
これまで私は、「自分でやった方が早い」と思って、ずいぶんいろいろなことを引き受けてきた気がします。
それでうまくいったこともたくさんあります。
でも最近、それでいいのかな、と思うようになりました。
正直、めんどくさくなってきました。
小さな違和感が続いたことで、そんなことを考えるようになりました。
相手を責めない。でも、筋は通す。
こちらが間違っていれば認める。
でも、違うものは違うと言う。
そのくらいでいいのかな、と。
人と付き合っていく以上、違和感がなくなることはないでしょう。
私だって、相手から違和感を持たれていることもあるでしょう。
ただ、
「これは本当に自分がやることなのか」
「ここまで自分が引き受ける必要があるのか」
そう考えることは、もう少しあってもいいのかなと思います。
最近のいくつかの出来事から、そんなことを考えています。
そして、もう一つ思うことがあります。
違和感というのは、自分が大切にしているものを教えてくれるのではないか、ということです。
以前の私なら、
「こんなことでイライラする自分がいけないのかな」
と思って、自分をたたいていたかもしれません。
でも、違和感にも役割があるのではないかと思っています。
「私は、なぜここに引っかかったのだろう」
と考えてみる。
すると、自分が大切にしているものが見えてきます。
筋なのか。
礼儀なのか。
責任なのか。
正確さなのか。
相手への配慮なのか。
もちろん、自分の考えを絶対視してはいけません。
自分の方が思い込みにとらわれていることだってあります。
だからこそ、一度考えてみる。
相手がおかしいのか。
自分がおかしいのか。
あるいは、どちらがおかしいという話ではなく、単に大切にしているものが違うだけなのか。
違和感は、そんなことを考えるきっかけにもなります。
人間関係では、「あの人がおかしい」
と決めてしまえば、ある意味では楽です。
自分は悪くない。相手がおかしい。
でも、それで終わってしまったら、自分の中に残った違和感から何も学べません。
相手を責めない。でも、何でも飲み込まない。
相手を否定しない。でも、事実まで曖昧にしない。
困っている人には手を差し伸べる。
でも、何でも自分でやろうとしない。
小さな違和感が積み重なって、少し疲れている今だからこそ、改めて考えています。
人を責めずに、筋は通す。
簡単なようで難しい。
でも、今の私には、そのくらいがちょうどいいのかもしれません。

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