◆師匠が私に伝えたかったことが少しわかってきたような気がする。

◆師匠が私に伝えたかったことが少しわかってきたような気がする。

3月頃から、少しおかしい?!
落ち込んでいるわけない。
身体の調子は復活してきていた、
新しい事業や新しい配信が始まった。

(楽しい顔した)自立神経疲弊症が再発しないように、
20時以降は仕事しないようにし、21時以降はメールを見ないようにした。

やることが増えているから、仕事はたまる。
(忙しいというと、心を亡くすと書くから言わない)

おそらく、大いなる喜びなんだろう。
自分の心のバランスが変わり、まだ慣れていないせいではないかと思っていた。
 たぶん、相当うまくいっているのだと思う。
 一番は、自分の使命は何でこれなんだ?!ということがある。
 一向にやることが減らない、次から次と出てくる。
  
先月から、思わず、自分との約束を破って、
22時まで仕事をしてしまった。
昨年までは、23時24時まで仕事していたのだが…。

 師匠が生前、
「何で自分の使命は、これなんだ。あの人と出会わなかたったら、あの事さえなければ、自分の使命はこれじゃなかった。恨みたくなることがある。でも出会ってしまったのだ」
と言っていた。

「使命を生きると、辛いことがばかりだ。
 使命を生きないと、使命を生きていないという辛さが来る。
 いづれの辛さを選ぶかだけだ」
とも言っていた。

・出版は使命だが、手段である。
・会長として臨んだ豊島倫理の継続が決定し、38年間という年月の重さを痛感した。
・地区長として、最後の実践している。今は、全単会に毎週顔を出すようにしている。平塚からだから、相当キツい。なんで引っ越したんだ、とか、何で引き受けたんだとか思う時もないわけではなかった。今は、後2か月だから、そんなことは思わない。どう終わるかしか考えていない。
・万代宝書房も7月8日で7周年を迎え、8年目に入る。昨期は黒字決算にもなったか、税金払ってから赤字、今期はまだ赤字だ。家族、親父や母、祖先、英霊、そして自分の過去、師匠への感謝の思いに支えられている。
・次元の高い人との出会いがすごく増えている。
・苦難に向き合ってクリアしようとしている素敵な人との出会いも増えた。
・あこがれの42.195キロ以上を歩き、54キロもクリア、筋肉痛もなく歩けている。結論は、歩き方ではなく、エネルギー管理ができないと100キロには超えられないことが分かった。
・ある冤罪被害者の方が、力になってほしいと地方から相談をうけることもある。検索していたら、私の活動の存在を知ったそうだ。
・30年前に思っていた、書きかかったある内容の本も今度出す。相当もヘビーな内容だ。
・児相問題の相談も受ける。
・公式ラインも作った。
・自分の電子書籍も出そうと思っているが、手が回らない。
・私は、複数の使命があるが一人では手が回らない。
・AIを相当活用しているし、オリジナルAIを作ってもらっている。まもなく仮完成しそう。
・ある方が、倫理の講話をほとんど断わらず異常な数を受けているが、その理由をきいた。(想像していない理由だった)
・次男が社員になってくれた。できることがどんどん増えてきている
・長男が手伝いを継続してくれている。
・動画講座販売のContensAgent事業も販売が開始されてきている。
・8万分の1の会も次のステージに行きそうだ。
・「例のカレー」というカレーペーストを始めた。

などなど、色々なことが起きているというか起こしている。
さらには、「今日に違和感」という30秒くらいで配信したらいいとアドバイスももらう。
 殆どお金にはならないが、人の応援ばかりやっている気がする。

 冒頭に書いたが、落ちこんではいないし、嫌なわけでもない。疲れてはいる。
 ただ、深い深い喜びはあるのだろうが、ヤッターという喜びはない。

楽しいの意味には、英語で云うと、
 Enjoy、Interesting、Difficultがあると思っている。

 私は、Difficultなんだろうな。
 Enjoy、Interestingを楽しいの意味と思っている人は、
 知人は、嫌なら、辛いなら、辞めたらいいと言う。

 だって、しかし、辞めるという選択肢もない。

 やりたいとかやりたくないとかいう選択ではない。
 だったら、喜んで働けよ!と自分で思う。
 

 先日、思った。

「実は、俺、深いところで人生を楽しんでいるんだよな。
 俺って、使命と出会っていて、
 それに向き合っているから、幸せなんだよな。」

 高校教員の時、日常の苦悩の連続と必死さ、そして、卒業式・部活の引退式のときの、とてつもない喜びとどうにもならない寂しさを思い出した。残念ながら、それが毎年繰り返された。

 師匠には、【送り人ビジョン】といわれた。
「お前と接して、一人前に近づいたら、お前の元を去っていく。お前、いつも自分が面倒見た人からは報われない。でもそれがビジョンなのだ。ふつうは耐えられない寂しさだし、悲しみだ。でもお前はそれを耐えられるのだ」

その時は、そんなビジョンいらないと思ってしまった。
「自分が少しは報われたい」と言ったら、

「お前の卒業生が社会に出て活躍することどっちがいい?」
と訊かれた。

 残念ながら答えは決まっている。

このビジョンのせいか、
苦難に向き合って人知れず懸命に生きようとしている人と接すると、勝手に応援したくなる。
一生に一度。
俺の死ぬ時か、もう終わると決めた時が、私の卒業式。
その時に、自分の今世の喜びと寂しさを味わえるのだと思う。

ちょっと、俺が今まで思っていた「幸せ」とは違うけど…。
そして、冒頭の師匠の言葉である。
「何で自分の使命は、これなんだ。あの人と出会わなかたったら、あの事さえなければ、自分の使命はこれじゃなかった。
 恨みたくなることがある。でも出会ってしまったのだ」
 使命を生きると、辛いことがばかりだ。
 使命を生きないと、使命を生きていないという辛さが来る。
 いづれの辛さを選ぶかだけだ」
師匠とさえ、出会っていなかったら…
あの出来事さえなかったら…
倫理と出会ってさえなかったら…
会長さえ、やっていなかったら…
でも、出会ってしまったし、やってしまった。
ガダルカナル島の戦没者遺骨収容にも行ってしまった。
英霊の声も聞いてしまった。
ContensAgent事業も始めてしまった。
8万分の1の会もはじめてしまった。
「例のカレー」も始めてしまった。

だから、苦しいし、辛いし、幸せなんだ。

これが人生を楽しむということか?
自分の人生を生きているということか?
喜働ということか?
師匠が私に伝えたかったことが少しわかってきたような気がする。
おれって、本当に幸せ者だ!
あたためて、7月8日に万代宝書房設立記念日をを迎える。

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