◆夢が教えてくれたこと? ~65歳を前に、私は原点を探していたのかもしれない~

◆夢が教えてくれたこと?

~65歳を前に、私は原点を探していたのかもしれない~

先日、不思議な夢を見ました。
私は車を2台持っていました。
1台は白いセダン。
もう1台はカーキ色の軽自動車です。
 
どこに駐車したのか忘れていて、探しています。
あそこだろうと思って駐車場に行っても見つからない。
「あれ? 別の駐車場だったかな」
そう思いながら探しているのですが、今度は車のキーも見当たりません。
 
そして最後には、
「これは夢だったっけ? 現実だったっけ?」
と思ったところで目が覚めました。
 
 
現実には私は車を持っていません(笑)。
しかし、この夢には妙なリアリティがありました。
後から思い出して気づいたのですが、私が最初に探していたのは白いセダンではありません。
カーキ色の軽自動車でした。
それは学生時代に実際に乗っていた車です。
 
なぜ今になって、その車が夢に出てきたのだろう。
さらに思い返してみると、夢の中には今の妻と子どももいました。
あの頃の私は独身ですから、時間的には全くつじつまが合いません。
子どもが誰だったのかははっきりしませんが、小学生くらいでした。
つまり私は一人ではなかったのです。
このことも、今となっては何か意味があったような気がしています。
 
最近、私はよく考えます。
「本当にやりたいことは何だろう」
「もしあと10年生きるとして、その10年にどんな社会的意味があるのだろう」
出版社を経営し、
本をつくり、
著者を支援し、
動画配信を行い、
動画講座のポータルサイトを立ち上げ、
冤罪被害者の支援に関わり、
倫理法人会の運営のお手伝いをし、
さまざまな活動をしています。
どれも大切な仕事です。
 
しかし、
「一番やりたいことは何ですか?」
と聞かれたら、私は迷わずこう答えます。
「私が正しいと思うことを書くことです。発信することです」
 
私はジャーナリストであり、ノンフィクション作家でもあります。
事件や社会問題、教育や司法の問題に触れるたびに、
「なぜだろう」
「本当にそうなのだろうか」
と考えます。
 
そして、その奥にあるものを言葉にしたくなります。
それが私の原点なのだと思います。
 
しかし現実には、書くだけでは食べていけません。
経営もしなければなりません。
会社を守り、
人との約束を守り、
未来を考える必要があります。
だからいつの間にか、
「今の自分を支えること」
に多くの時間を使い、
「以前の自分が本当にやりたかったこと」
を少し忘れかけていたのかもしれません。
 
 
そんなことを考えていた時、先日ある会議で不思議な体験をしました。
私はこれまで、立場を意識して発言することが少なくありませんでした。
主催者として。
責任ある立場の人間として。
ところが、その日は違いました。
私は立場ではなく、
「人間・釣部」
として話したのです。
肩書を脇に置き、自分自身の言葉で話しました。
すると不思議なことが起きました。
いつも以上に伝わったのです。
後から振り返って、
「ああ、そういうことだったのかもしれない」
と思いました。
立場で話すことも大切です。
しかし、本当に人の心に届くには、その人自身の言葉なのかもしれません。
 
 
最近、ある方から、自分のエネルギーを整えるためにこんなアドバイスをいただきました。
「まずはしっかり睡眠を取ってください」
「そして神社に行ってみてください」
私は宗教的な意味としてではなく、
忙しさの中で一度立ち止まり、自分を整える時間を持ちなさい、
という意味として受け取りました。
睡眠もそうです。
神社もそうです。
どちらも、自分を取り戻すための時間なのかもしれません。
 
 
今月、私は65歳という節目を迎えます。
若い頃のように、何にでも挑戦できる年齢ではないかもしれません。
しかし一方で、
何を大切にして生きるのか。
何を後世に残したいのか。
それを見つめ直すには、とても良い年齢なのかもしれません。
 
 
そんなことを考えていた時、もう一つ印象的な出来事がありました。
80歳を過ぎた方から、
「これが人生最後の本になるかもしれない」
と言われ、執筆の相談を受けたのです。
内容は大変難しいものでした。1年間はかかるでしょう。
しかし実は、私は以前その分野を少し勉強していました。
不思議なご縁を感じました。
私は引き受けることにしました。
振り返ってみると、これまでにも、
「これが最後になるかもしれない」
と言われた方の本を4冊手掛けてきました。
今回で5冊目です。
人生を振り返り、
未来へ何を残すのか。
その思いを本という形にする。
それは万代宝書房としての喜びであると同時に、
書き手としての喜びでもあります。
私はこの仕事を、「釣部冥利に尽きる」と思っています。
 
 
夢分析ではありませんが、
夢の中で探していたのは、車ではなかったのではないか。
学生時代のカーキ色の軽自動車は、
肩書のない頃の自分。
損得よりも好奇心で動いていた自分。
純粋に知りたいと思い、
純粋に書きたいと思っていた自分。
そんな原点の象徴だったのかもしれません。
しかし夢の中には、妻と子どももいました。
あの頃の自分にはなかった存在です。
だから夢は、
「昔に戻れ」
と言っていたのではなく、
「今の人生を抱えたまま、原点を思い出せ」
と言っていたのかもしれません。
家族がいて。
仲間がいて。
会社があって。
責任がある。
そのすべてを抱えながらも、
本当に大切なものを忘れるな。
そんなメッセージだったような気がしています。
 
これから新しい車を探すのではなく、
昔から持っていた車を見つけ直す。
 
そして、その車で、もう一度走り始める。
65歳を前にして、
私はそんな時期に入ったのかもしれません。
もしかすると、夢の中で探していたカーキ色の軽自動車は、
「書く人としての自分」
だったのかもしれません。
 
そう考えると、
原点は失われていたのではなく、
ちゃんと今も走り続けていたのだと思います。
 
そして、今後は、その車で、認識したうえで、もう一度走り始める。

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