結果より、その人の歩みを見たい
結果より、その人の歩みを見たい
私が中学からやっていた部活は、ソフトテニスだった。
勝てばうれしいし、負ければ悔しい。
学生時代は、とにかく結果がすべてだと思っていた時期もあった。
もちろん、勝負の世界だから結果は大切だ。
試合に勝つために練習する。
それは間違いない。
けれど、長く続けていると、だんだん見えてくるものがある。
結果は、その瞬間に見える。
しかし、その裏側には、長い時間がある。
誰も見ていない朝練。
うまくいかずに落ち込んだ日。
辞めたくなりながらも続けた時間。
休みを返上しての自主練。
地味な積み重ね。
本当に大切なものは、むしろそちら側にあるのではないか。
そんなことを感じるようになった。
その後、私は教員になった。
教員になってから、私はできるだけ「結果」ではなく、
「努力」を誉めるようにしていた。
結果ではなく、
昨日より集中できていたこと。
前より諦めなくなったこと。
逃げずにやり切ったこと。
だから、ちんたらしていたり、勝つ気迫が足りない生徒には、
そこが足りないと、勝ってもっていた。
なぜなら、結果だけを誉め続けると、
人は「結果を出した時だけ価値がある」と思ってしまうことがあるからだ。
逆に、努力や過程を認められた人は、結果に振り回されなくなる。
これは子どもだけではない。
大人も同じだ。
今でも、私は営業成績や数字だけで人を評価する会社や人が苦手だ。
もちろん、経営には数字が必要だ。
結果を無視していいとは思わない。
けれど、数字だけで人を見る人がいる。
地道に支えている人。
目立たないけれど誠実な人。
苦労を抱えながらも続けている人。
すぐに結果が出ない人。
そういう人が見えなくなる。
人を慮るというのは、結果の奥を見ることなのではないだろうか。
売上の数字の向こう側。
成績の向こう側。
成功の向こう側。
そこには、その人なりの苦労や葛藤や積み重ねがある。
私は、そこを見られる人でありたいと思っている。
そして、自分自身もまた、結果だけに振り回されず、「どう歩いてきたか」を大切にしたい。
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