人は、どう死にたいのか

人は、どう死にたいのか

先日、ある医療関係者の方たちと話していた。

話題は、なかなか強烈だった。

「何で死ぬのがいいか?」

ガン。

脳梗塞。

心筋梗塞。

交通事故。

老衰。

そんな話を、みんな真面目な顔でしている。

ある方は、

「私は心筋梗塞がいいな」

と言った。

理由を聞くと、

「脳梗塞は、中途半端に詰まると大変だから。どうせなら思い切って詰まってほしい」

と。

医療関係者らしいというか、現場を見てきた人ならではの感覚だなと思った。

さらに話は、だんだん不思議な方向へ進んでいった。

「ガンになりたかったら、“死にたくない、死にたくない”って言っているといいよ」

と誰かが言う。

人間は、もともと体の中にガン細胞を持っている。

ガン細胞は、“死にたくない細胞”だから、

「死にたくない!」

「死にたくない!」

と言い続けていると、死にたくない細胞が活性化する、と。

つまり、ガン細胞が元気になる、という理屈らしい。

さらに、

「“頑張る”って、“ガン張る”だからね」

とか、

「頑固者は、がんになりやすい」

とか。

だんだん、話が哲学なのか、言葉遊びなのか、医学なのか、よくわからなくなってきた(笑)。

もちろん、これらに医学的根拠があるという話ではない。

けれど、人間というのは、昔から「言葉」に意味を重ねて生きてきたのだと思う。

縁起を担ぐ。

言霊を信じる。

言葉に人生を重ねる。

だから、「どう生きるか」と同じくらい、「どう死ぬか」という話に、人は惹かれるのかもしれない。

私は、この話を聞きながら、ふと思った。

結局、人は「死に方」を語っているようで、「生き方」を語っているのではないか、と。

どんな最期を迎えたいか。

どんな状態で人生を閉じたいか。

何を大切にして生きたいか。

そこには、その人の人生観が出る。

だから、この日の会話は、単なる雑談のようでいて、妙に深かった。

……とはいえ、最後の方は、完全に言葉遊びになっていた気もするけれど(笑)。

自分なら何がいいかな、と考えた。

やっぱり老衰かな、と思った。

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