◆動物固有の食性は自然界の厳然たる碇

◆動物固有の食性は自然界の厳然たる碇

間は、素手では、魚一匹獲ることもできぬ動物である。
その動物に固有の食性というものは、つまるところ、自分達の集餌能力によって決定されると考えることができるのではないだろうか?
食物によって自然界を棲み分け、適応していく、ということである。

野生の動物を獲るための運動能力は、人間にはほとんどない。
チーターほどの脚力や俊敏さもなければ、熊ほどの腕力があるわけでもない。
トラやヒョウなどのかぎ爪もない。
臭覚や聴覚は、あらゆる野生動物よりはるかに劣る。
これでは動物捕獲はどだい無理というもの。
人間が素手で捕らえることのできる動物は、せいぜい浅場の海で採取できるウニ・ナマコ・貝類、時には小魚などか、あるいは陸上ならばバッタやコオロギといった昆虫類にすぎないのである。
このように考えてみれば、自ずと人類は何を食べるべきかが限定されてくる。

漁労採取という縄文人の食形態は、きわめて人間の食性に沿ったものであったろう。
ところが、このような淀を破って、何でも好き勝手に食べまくるという倉欲傲慢な動物は、人間以外にはない。
まさに人間は、大自然における食性(秩序)を知らず、天寿を全うできず、食病死するおろかな動物、ということができる。
 

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