「私は、ソマチットになる」と言う男の本を、なぜ私は書くのか
「私は、ソマチットになる」と言う男の本を、なぜ私は書くのか
◆私が鹿児島へ行かなければ、始まらなかった
2026年5月、私は鹿児島へ行った。
万代宝書房から出版予定の『奇跡の龍体文字』。その龍体文字を書いた大野洋之さんらの展示会が鹿児島で行われていたからだ。
原稿の確認だけなら、郵送でもできた。
別に、私が鹿児島まで行かなければならない理由はなかった。
でも、私は行った。
自分で行こうと思って、鹿児島まで行った。
今から考えると、ここからこの本は始まっている。
展示会の会場に、一人の女性が来ていた。
山﨑教男さんのところのスタッフだった。
その方から、
「先生が本を出したいと思っています。書いていただけますか? 出版は可能でしょうか?」
と聞かれた。
どんな内容ですか、と聞くと、
「ソマチット」
「硅素」
「がん細胞」
そんな言葉が出てきた。
ソマチット?
私は引っかかった。
初めて聞いた言葉ではなかったからだ。
◆20年以上前に聞いていた「ソマチット」
私は20年以上前、森下敬一先生の月刊『自然医学』の出版部に勤務していた。
森下先生といえば、腸造血説である。
森下先生は顕微鏡を覗きながら、主としてがん患者の治療にあたっていた。
私はその傍で、患者の症状が軽減していくのを目の当たりにしていた。
そこで何度も耳にした言葉がある。
「ソマチット」
「生体内原子交換」
「がん細胞は消滅する」
「意識は病気に大きく影響する」
「硅素」
「波動医学」
当時の私は、一つひとつを理解できていたわけではない。
全く、と言っていい。
ただ、
「医学には、まだ解明されていない世界があるんじゃないか」
という感覚だけは残った。
それから20年以上経って、鹿児島で突然、
「ソマチット」
という言葉が戻ってきた。
◆翌日、山﨑さんと3時間話した
私はその女性に、
「書けないことはないですが、書き方ですよね。難しいですが……」
と答えた。
そして、
「いつか、そういう本を出してみたかったんです」
とも言った。
すると、
「明日、ちょうど先生が鹿児島市内に来る予定なんです。直接会っていただけますか?」
ということになった。
翌日、山﨑教男さんに会った。
お昼過ぎから、私が飛行機に乗るまで。
車の中と空港で約3時間。
初対面で3時間である。
ソマチット、硅素、生体内原子交換、ケルブラン、腸造血説、がん細胞、現代医学、薬、松果体、神、感謝、祈り……。
まあ、いろいろな話が出てきた。
私の頭の中では、
「それはわかる」
「それはどういうこと?」
「俺もそんなことを考えたことがある」
「いや、それはわからない」
が入り乱れていた。
そして山﨑さんが言った。
「僕には、山﨑仮説があるんですよ。証明はまだできていないけど。仮説が正しいとすると、つじつまが合うことがたくさんあるんですよ。立証は、後世の人がやってくれるんじゃないかな」
私は、「仮説か」と思った。
そこがよかった。
「これが真理です」ではない。
「まだ証明できていない」と本人が言う。
だったら聞いてみよう。
そう思った。
◆「私は、ソマチットになる」
その後、取材を続けていると、山﨑さんがこんなことを言った。
「私は、ソマチットになる」
初めて聞いた時、私は正直、
「何を言っているんだ?」
と思った。
同時に、
「この人は、何を見ているんだろう?」
とも思った。
山﨑さんは20年以上、小さな生命の粒だというソマチットを顕微鏡で見続けてきたという。
その人が、
「私は、ソマチットになる」
と言う。
普通に考えれば、理解不能である。
ところが、そんなことを言ったかと思えば、
「僕は神様じゃない。ソマチットに言わされてるから…。ま、僕は放送局と思わないでね。スピーカーだと思っとってくださいね。スピーカーは、いつでも切れるから…」
と言う。
また、わからなくなる。
すごいことを言いながら、自分でブレーキをかける。
なんなんだ、この人は。
◆人間は「見たいものを見る」
ここで、私自身が気をつけていることがある。
確証バイアスである。
私は冤罪事件を取材している時、ある言葉が強く印象に残った。
「人間の脳は、自分の見たいものを見る」
犯人だと思えば、犯人らしい証拠ばかりが目につく。
無実だと思えば、無実を裏付ける証拠ばかりが目に入る。
悪意がなくても、そうなる。
人間には、そういう傾向がある。
私はこれを、
「思い込みは、重いゴミ」
と考えている。
一度「あの人は嫌な人だ」と思えば、嫌なところばかりが見える。
逆に「あの人は素晴らしい」と思い込めば、都合の悪いところが見えなくなる。
だから、ときどき頭の中を掃除しなければならない。
◆私自身も疑わなければならない
これは今回の取材でも同じだ。
私は20年以上前から森下敬一先生の考え方に触れている。
ソマチットも知っていた。
腸造血説にも関心がある。
生体内原子交換についても本を読んできた。
ということは、
私は最初から山﨑さんの話を受け入れやすい側にいる可能性がある。
「ほら、やっぱり俺が昔から思っていた通りだ」
という材料ばかり集め始めたら、それこそ確証バイアスである。
逆に、
「こんなのオカルトだ」
と最初に決めれば、否定する材料ばかり探すことになる。
どちらも同じだ。
だから私は、自分にも聞く。
「自分は間違っていないか?」
「反対の事実を無視していないか?」
「自分の見たいものだけを見ていないか?」
だから、私のスタンスはこれしかない。
信じるな! 疑うな! 確かめろ!
◆生命について、私たちは全部わかっているのか?
山﨑さんが「生体内原子交換」という言葉を出した時、
「ああ、この話に来たか」
と思った。
私は以前から、生体内原子交換や元素転換という考え方に関心があり、
『生物はなぜ元素を換えるのか』
『原子転換というヒント 21世紀の地球再生革命』
なども読んでいた。
正しいと断言するつもりはない。
ただ、そんな簡単に否定していい話なのかな、とは思っていた。
たとえば牛である。
主に草を食べながら、牛乳をつくり、筋肉をつくり、骨をつくる。
もちろん、消化、吸収、代謝などによって説明される。
それでも私は、
「生命って、すごいことをしているよな」と思う。
比叡山延暦寺の千日回峰行もそうだ。
限られた食事の中で、長期間にわたり過酷な修行を続ける。
現代栄養学や生理学から説明できることはあるだろう。
でも私は、
生命について、私たちは本当に全部わかっているのだろうか?
という疑問が残る。
生体内原子交換が正しいと言いたいのではない。
私は、その問いを捨てたくないだけである。
◆見えないから「ない」とは言えない
私のスタンスは単純である。
現代科学で測定できないからといって、それがない、間違っているとは断言できない。
もちろん、
正しいとも断言できない。
人間の目には紫外線も赤外線も見えない。
人間の耳に聞こえない周波数もある。
私たちが感じ取れる範囲が、自然界のすべてではない。
だから、
「見えない」
「聞こえない」
「今は測れない」
というだけで、存在しないと決めつけるのは違うと思っている。
ただし、「見えない」ということを利用した怪しい商売もある。
高額なものもある。
効果が疑わしいものもある。
だからこそ、無条件に信じてはいけない。
山﨑仮説を、
「エセ医療だ」「オカルトだ」
と批判する人がいてもいい。
でも、
「オカルトだから調べる価値もない」
で終わるのも違うと思う。
本当にそうなのか?
もし変化が起きているのなら、
なぜなのか?
私はそこを知りたい。
◆実は、この問いは高校2年生から続いている
この本を書いていて、もっと昔のことを思い出した。
高校2年生の時である。
私は突然、
「人はなぜ健康になりたいんだ?!」
と思った。
同時に、
「でも、健康になりたくない人もいるぞ?!」
とも思った。
そして、「そもそも健康ってなんだ?」と、わからなくなった。
そのことを考えて夜も眠れなくなり、担任の先生に相談した。
先生は、
「それは哲学的なテーマだから、すぐには答えが出ない。大学に受かってから、じっくり答えを見つけたらどうだ?」
と言った。
私は進路まで変えた。
北海道大学の理学部か農学部を考えていたが、健康について学ぼうと筑波大学の体育専門学群を選んだ。
その後、高校教師になった。
ジャーナリストになった。
ノンフィクションを書いた。
そして今は出版社を経営している。
でも、
「健康とは何か?」
には、いまだにはっきりした答えを持っていない。
◆高校2年生の問いが、また目の前に出てきた
そして今、山﨑教男さんの話を聞きながら、一冊の本を書いている。
ソマチット。
硅素。
血液。
生命。
調和。
現在の医学や生物学で確立されている考え方とは違う話も出てくる。
だから、
「全部本当だ」
とは思っていない。
「本当だろうか?」
「なぜ、そう考えるんだろう?」
「実際には何が見えているんだろう?」
と聞いている。
そうやって取材していて、ふと思った。
これ、高校2年生の時から考えていることと、あまり変わっていないじゃないか。
「健康とは何だ?」
約半世紀経った今も、まだ答えは出ていない。
でも今回は、
「生命とは何だ?」
という問いまで加わった。
なんだ、俺はずっとこのことを考えてきたのか。
そんな気もしている。
◆「仮説を否定してもいいぞ」
取材の最後に、山﨑さんは私にこう言った。
「頑張らなくていいから、ざっくばらんに書いてくれ」
「硬いことを書くと、読む人も硬くなる」
そして、
「私の仮説を否定してもいいぞ」
と言った。
この言葉は、この本を書いている間、ずっと私の支えになった。
「俺の言った通りに書け」ではない。
「俺の考えを証明してくれ」でもない。
否定してもいい、と本人が言う。
だから私も、わからないことをわかったことにはしなかった。
それと、山﨑さんらしさだけは失いたくなかった。
言いよどむ。
話が飛ぶ。
急にとんでもないことを言う。
それも、その人らしさだと思う。
文章を読みやすく整えることはできる。
でも、人まで整えてしまったら、この本を書く意味がない。
私はそう思いながら、書き、編集した。
◆この本は、答えの本ではありません
私は研究者ではない。
医師でもない。
私はジャーナリストである。
だったら、やることはある。
聞く。
見る。
取材する。
自分の確証バイアスも疑う。
反対側からも考える。
そして、整理して伝える。
20年以上前、森下敬一先生のところで聞いた、
「ソマチット」。
2026年、自分の意思で鹿児島へ行ったら、また目の前に現れた。
そして、
「私は、ソマチットになる」
と言う男に出会った。
何を言っているんだ?
今でもそう思う。
でも、「そんなはずはない」とも思わない。
「全部本当だ」とも思わない。
だから、確かめる。
信じるな! 疑うな! 確かめろ!
この本は、山﨑教男さんを信じてもらうための本ではない。
否定するための本でもない。
病気の治し方を指南する本でもない。
この本は、その取材の記録である。
そして同時に、私が高校2年生の頃から持っていた、
「健康とは何なんだ?」
という問いを、もう一度考える本でもある。
この本は、答えの本でもない。
問いの本である。
約半世紀経って、まだ答えは出ていない。
だったら、もう少し確かめてみよう。
私はそう思っている。
そして今度は、その問いを、あなたへお渡しします。
信じるな! 疑うな! 確かめろ! がん細胞は、消えるのか? 山﨑教男・38の生命仮説
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