俺には、連絡する人がいた」

俺には、連絡する人がいる

入院していると、普段見えないものも見えてくる。

同じ入院患者と医師や看護師とのやり取りも聞こえてくる。

救急外来の部屋では、
「誰か連絡できる先はある?」
「いやないです。連絡する人がいない」

「一人なの? 親族は? 友人は?世話になっている人は?」
「いません」

孫やり問が聞こえた。

そうか。

入院しても、連絡する人がいない人もいるんだ。

考えてみれば、当たり前なのかもしれない。

でも、俺はそんなことを考えたことがなかった。

一般病棟にうつっても、いろいろ。
毎日、お見舞い誰かがくる人。土日に来る人。
そして、ずっと誰も来ない人。

認知症の人もいる。
看護師に怒ってばかりいる人。
ひっきりなしにナースコールをする人。

一人で退院していく人もいた。

荷物をまとめて、一人で帰っていく。

それを見て、

「ああ、一人で退院する人もいるんだ」

と思った。

 

別に、その人が寂しいのかどうかは分からない。

一人の方が気楽なのかもしれない。

家族が遠くにいるのかもしれない。

事情はそれぞれだろう。

ただ、それを見ながら、自分のことを考えた。

今回、救急車で運ばれて入院した。

そして、妻が付き添ってくれた。
そして、近々のアポの変更を妻、スタッフ、自分で手分けして連絡した。

仕事以外でも、何人かに連絡した。

入院したことを伝えたい人がいた。

メールをくれた人もいた。
負担にならないように、何もしないでいてくれた人もいた。
お見舞いに来てくれた人もいた。

 

でも、俺が嬉しかったのは、それではない。

俺には、連絡する人がいた。

そのことだった。

入院するまで、そんなことを考えたこともなかった。

連絡する人がいる。

自分のことを伝えたい人がいる。

「入院したよ」

と言える人がいる。

そんなの、当たり前だと思っていた。

でも、当たり前じゃないんだな。

病院には、

「連絡する人がいない」

という人もいる。

一人で退院していく人もいる。

それを目の前で見た。

だからといって、その人たちが不幸だと言いたいわけではない。

俺が感じたのは、そっちじゃない。

俺には、人がいた。

それが分かった。

仕事の関係もある。

長い付き合いの人もいる。

家族もいる。

いろいろな縁でつながった人がいる。

普段は、そんなことをいちいち考えない。

むしろ、人間関係が面倒くさいと思うことだってある。

でも、入院してみたら、

「連絡しよう」

と思う人がいた。

そして、本当に連絡した。

なんか、それができることが嬉しかった。

今回の入院で、身体のことはいろいろ考えた。

心臓のこと。

電気のこと。

生命のこと。

でも、それとは別に、

こんなことにも気づいた。

俺には、連絡する人がいる。

入院しなかったら、こんなことを嬉しいと思うこともなかったかもしれない。

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