■孤食のススメ?

■孤食のススメ?

「孤食」とは、一人孤独で食事を摂ることをいいますが、特に食事の際に孤独を感じてしまう「寂しい食事」のことを言います。
これに対する言葉は「共食」(ともしょく)です。「共食」は、一人で食べるのではなく、家族や友人、職場の人や地域の人など、誰かと共に食事をすることです。
「孤食」に関しては、若年層にも高齢者にも問題が多く、世代に関係なく孤食には寂しさが漂います。間違いなく食事の量や内容にも大きく影響してきます。もしかしたら、楽しく食事をする場合と、寂しく食事をする場合とでは、栄養の吸収力に大きな差異が生じるのでは、と思ったりもします。
孤食といわれている。家族とご飯を食べない、団らんがない家庭が増えています。
食欲の維持には、家族が仲良く、家族との団欒がある家庭であることが前提です。どう死ぬかの前に、どう生きるか、つまり家族とどういう関係を築くかというのがあります。
先日、ある人が教えてくれたのですけれど、あるテレビ番組で、京都大学の食堂で、つい立てを設置したと放映されていたそうです。図書館の自習室などにあるやつです。個人の時間を他の人に邪魔されたくないと、一人で食べる姿と他の人に見られたくなるなどの理由から、学生側からの要求があり、設置後は利用者も多いとのことでした。それにびっくり驚いた、というのです。
東京大学につぐ京都大学というエリート大学、高い偏差値をクリアして、これからの日本を背負って立っていく若者がいる大学の食堂で、わざわざ、学生に孤食のスペースを設けているというのは、なぜかというのです。大学では、勉強だけではなく、社会性を培う場でもあり、コミュニケーションを学ぶ場でもあります。
ゲームで育ってきた世代、その人たちは、公園のジャングルジムで遊んだり、会話をするというよりも、一人の世界で、ゲームに没頭してきた世代。食事の時にコミュニケーションも取れない人が、日本を離れて、海外でやっていけるのか、大学がわざわざ孤食を促進するようなことしていいのか、信じられない、というのがその人の意見でした。
私は、なるほど! 気が付かないうちに孤食が教育されていると思いました。
 
先日、ある人からこんな話を聞きました。
小学4年生のお子さんが急に学校に行きたくない、と言ったそうです。
「なんで?」宿題をやっていないからかなと思いつつも理由を訊くと「友達がいつも喧嘩をしている、それを見るのが嫌だ。下手に注意をすると自分に被害が来る。先生に言うけど、いつも、その子たちは先生のいないところでやる。いじめじゃない、喧嘩だけど、くだらなすぎるし、何時も喧嘩しているので、いやになる」と答えたそうです。
 
 その時、お子さんに「お前は心がやさしい。でも、人間って色々な体験をするために学校に行っているんだ。勉強だけなら、学校に行かなくてもいい。塾もあるし、パパが教えてあげる。社会は、自分の気に入った、気の合う人ばかりではないし、言い争うこともある。いろいろな人がいるんだ。嫌なことを見ても、たくさんの人の中で、自分がどう生きるかを学ぶために学校に行っているんだ。それが本当の勉強なんだ。いじめられているんだったら、学校に行かなくてもいいんだぞ。」と伝えたそうです。
 
それを聞いたその子は、「そうか、わかった。」と言って、ランドセルを背負ったそうです。そして、「嫌な友達とも、いい距離で、仲良く一緒に、行事の時には協力できるようにならないと。それを学んで来い。いじめられっ子がいたら、守ってあげて。自分が守れる範囲とできない範囲あるから、相談するんだぞ」と言って送り出したと言うのです。
 
 こういうことを話してあげる人が少ないと思います。仲がいいのはいいことですが、社会はそうなっていません。考え方の相違で、激論になるときもあるし、争うときもあるかもしれません。誰とも関わらないで、一人自分の世界でいるときは、争うこともなければ、発展することも、学習することもありません。失敗もしないが、成功もしません。
ゲーム、孤食の世界で育った若者が、ポンと大人になって社会に出ても、コミュニケーションがとれないと思います。
 
 
 
 
 
 
 

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