【命を繋ぐ奇跡のファミリーヒストリー】
【命を繋ぐ奇跡のファミリーヒストリー】
17年前、「できたら、俺の骨をガダルカナル島に散骨してほしい」と遺言を残し、一人の男がこの世を去った。彼は、第二次世界大戦で玉砕した、第一次から第四次総攻撃まで参加したガダルカナル島(以下、ガ島)から生還した元兵隊だ。
2018年12月16日、息子は、遺骨と軍服姿の写真とサッポロビールと持って、「ソロモン諸島」にあるガ島の旅に出た。
翌17日午後、空港に降り立った。現地は、雨期で気温は30度を超えていた。
夕食までの間、ホテルのプールサイドでソロモンビールを飲みながら、父が生前読んでいた、付箋や線が引かれているガ島の戦闘についての本を読んだ。
18日朝9時、ガイドがホテルに迎えにきた。悪路のジャングルの中を通り、最初に案内してくれたのが、一木支隊が玉砕した地、通称アリゲータクリーク(イル川河口)。中央の砂州付近で千人近い日本兵が銃弾に倒れた。父の話の中に何度も出る地だ。
四駆車を降り、海岸線を河口まで歩きながら、息子は、中学生の時の父とのやりとりを思い出した。
「親父は、戦争で人を殺したことがあるのか?」
「ジャングル中に二〇メートルくらいの幅の川があって、こっち側が日本軍、向こう側が米軍。向うから鉄砲球がビュンビュン飛んできて、前・横・後ろの戦友が銃弾に倒れていく。弾丸が飛んでくるジャングルに向かって、こっちも応戦する。そうしないと米兵が川を渡ってきて自分が死ぬんだ。だから、俺も撃ったよ。当たったかどうかは分からない。戦争っていうのはそういうもんなんだ」
息子は、大きな流木に近づき、軍服を来た父の写真を立て掛け、サッポロビールを置き、一木支隊の戦友に向けて、線香にあげ、散骨した。
「一木支隊の皆様、只今、父二郎をお連れしました」
そう心の中でつぶやき、手を合わせた。
七七年前と何も変わらず、静かに風が吹き、川は流れ、波は寄せて返る。
父が話していた場所に立っていると思うと、感傷的な気分になり、急に涙が込み上げてきた。
「なんで、俺は涙が出ているんだ? 親父は生きて返ってきた。だから、俺が生まれたんだ。悲しくなんてないはずだ…」
そして、思った。
「ここには、祖国に帰れなかった千人を超える英霊が眠っている。彼らは、どんな思いで死んでいったのだろうか。生き残った親父はどんな思いで生きていたのだろうか」
息子は、父の戦友の無念を思い、目を閉じ、もう一度と手を合わせた。
未だに、傍のジャングルの中を、30㎝も掘れば遺骨が出てくる。
翌19日、ギフ高地は、ガ島の全体が見渡せる地に行った。ガイドが遠くの岬を指し、「あそこが最後、撤退したエスペランサ岬だ」と言った。
そこに辿り着くには、いくつのも山を越え、川を渡る。丁度この時期は、撤退のはじまった時期。この湿度と暑さ、銃など装備を背負い、食べものがない中、歩いた「死の行軍」で何人もが餓死したルートだ。
「ここを親父は歩いて、あそこまでたどり着いたのか。自分なら絶対に行きつかない」と息子は思った。
父は、戦争の話をする時に涙することはなかった。しかし、一度だけ息子は、淡々と涙をこぼし、しかも、その涙を拭うことのなく話す父を見たことがあった。
ある戦友の話だ。
一緒に祖国の地を踏もうと励まし合っていたが、彼がどんどん弱っていき、父が肩を貸して歩くようになった。
ある朝、目を覚ますと隣に寝ているはずの親友の姿がない。もしやと思った瞬間、パーンとピストルの音がした。音の方に行くと、親友が自決していた。まだ温もり残る上半身を抱き上げ、名前を叫ぶも声も出ず、「俺を生き残させるために……」と泣き崩れたという。埋めてやることもできず、また歩き出したと言う。
息子は、エスペランサ岬までのジャングルを見ながら、「ここのどこかに父の親友の骨がまだ眠っている。いや親友だけではない。多くの兵士が一人静かに眠っている」と思い、手を合わせた。
息子は、この話をガイドに伝えた。息子の目にも涙がこぼれていたが、父と同じく涙を拭うことはできなかった。
しばらくして、ガイドが口を開いた。「未だにジャングル中には多くの遺骨が眠っています。お父さんの親友は、今日、あなたがお父さんを連れてきたことを喜んでいると思いますよ」 息子は小さく頷いた。
次に、日本軍最終撤退地、エスペランサ岬に行った。夜になると、日本兵がどこからともなく現れ、手漕ぎボートで沖まで行き、停泊している軍艦に乗って帰国した地だ。
ガイドが連れて行きたい所があると言い、海岸沿いのカトリック教会内の緑色の建物の前に連れて行った。建物の後ろには、小高い丘が二つそびえたっていた。
「撤退の時、ここは通過点で夜になると日本兵がどこからともなく出てきた。殆どの兵士は食べていないので、歩くのがやっと。教会は食事を提供した。元気な者はエスペランサ岬に向かい、衰弱している者はこの建物で休んで元気になった順に岬に向かう。息を引き取った者はシスターたちが丁重に葬った。後ろの丘が日本軍の通信兵がいた場所で、そこから全島に無線で連絡して、撤退が成功した。あなたのお父さんは、あの丘にいたはずだし、ここのご飯を食べて帰国したと思う」
と説明した。

息子は、父が語った二つの話を思い出した。
「お前のお母さんが死んだ時点でお前は独りだ。子はお前のものじゃない、母親のもの。要は奥さんのもの。戦争に行ってわかったんだ」
「キナ臭い時代だ。戦争は愚かな行為だ。戦争になったら、末代の恥・非国民と言われても、家族を連れて海外や山奥に逃げろ。絶対に戦争に加担するな」
その時は大袈裟だなと思っていた。しかし、今なら、分かる。
20日の朝、部屋で出発準備をしていると、ベランダに一羽の鳥がやってきた。
ベランダに出ても逃げない。お見送りに来てくれたのか?
息子は、父と初めてつながった気がした。父の生還なくして、今の自分は存在しない。
21日、何千人もの無念の死を遂げた戦友の思いが詰まっているであろうアリゲータクリークの海岸のサンゴの石とともに帰国した。成田空港は気温9度、体が縮む寒さ、ガ島とは真逆の冬だ。
家で父の遺影に帰国の報告をし、3泊5日のファミリーヒストリーの旅は終わった。
同行した妻は手を合せながら言った。
「あなた、お父さんの思いを後世に残す義務があるんじゃないの。そのことをあなたに知らせたくて、散骨してほしいと言ったんじゃないの。そんな気がするの。本にして残さないと」
本当のファミリーヒストリーの旅が始まったのかもしれない。
「父二郎の生きた道」ガダルカナルの戦友のもとへ
商品紹介
ガダルカナル島帰還兵が語る!~平和への願い~
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